会議は、ひとりでは開けない。人生会議と「わたしの意思」の一枚(生きていく手順書 Vol.9)
私は「死んだ後」の備えなら、たくさん書いてきました。
葬儀のこと、手続きのこと、口座のこと。やさしい終活として、38本。 自分では、備えは進んでいるほうだと思っていました。
でも今夜、気づいてしまいました。 「死ぬ前の、話せない期間」を、想像すらしていなかったのです。
意識がもうろうとして、自分の口で意思を言えないとき。 延命治療をするかどうかを、誰かが決めなければいけないとき。
今日は、そこを点検した記録です。
私の人生会議は、台所で開かれてきた
「人生会議」という言葉があります。 もしものときにどんな医療を望むか、家族や医療者と前もって話し合っておくこと。ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の愛称です。
あらたまった響きですが、私の場合、それはふだんの会話でした。
私は家族に、何年も繰り返し伝えてきました。 延命治療は、望まない。理由は、家族に負担をかけたくないから。お金も、生活のリズムも、働く時間も、私のために減らしてほしくないから。
そして、伝え方にひとつ、私なりの工夫があります。 「延命治療はいらない」ではなく、こう言ってきました。
「『延命治療は望まないという母の強い意思を尊重します』って言ってね」
その時、医師に聞かれた家族が口にする言葉まで、先に渡しておくのです。
家族の返事は、いつもこうです。 「お母さんは。前から言うてるもんね」
なぜ、言葉まで渡すのか
透析室の看護師として20年、私は「その時」を何度も見てきました。
いちばん苦しそうなのは、医師に「どうしますか」と聞かれるご家族でした。 本人の意思が分からないまま選ぶと、家族はその選択を、自分が決めたことのように背負ってしまう。どちらを選んでも、あとから自分を責めてしまう。
だから私は、決める荷物を、先に自分で持っておくことにしました。 決めたのは母。あなたたちは尊重しただけ。その形を、生きているうちに作っておく。
ここまでは、われながら悪くない備えだと思っていました。
でも、書いたものが、ひとつもなかった
点検して、穴が見つかりました。
言葉では、充分に伝えてある。でも、書いたものがない。
私はひとり暮らしです。 救急で運ばれて、家族が駆けつけるまでの数時間。その間、私の意思を知っている人は、その場に誰もいません。
書いたものは、私が話せないあいだ、代わりに話してくれる紙です。 前回の救急情報カードと、まったく同じ理屈でした。気づいていたつもりで、いちばん大事な一枚が抜けていたのです。
今夜、書いた。「わたしの意思」の一枚
白い紙に、手書きで書きました。数分でした。
■ わたしは、延命治療を望みません ■ このことは、家族に繰り返し伝えてあります ■ 家族が「母の強い意思を尊重します」と言えるように、この紙を残します ■ 日付と、名前
置き場所は、冷蔵庫。救急情報カードの隣です。 私が話せないときに私の代わりをしてくれる紙が、これで二枚になりました。
ひとつ、正直に添えます。 この紙(リビングウィル、事前指示書と呼ばれます)に、法的な強制力はありません。 それでも、家族と医療者が「本人の意思」を確かめるための、いちばん確かな道しるべになります。
書き終えて、どんな気持ちかというと。
「変わらんなーーー、今も」
何も変わりませんでした。とっくに決まっていたことに、紙が追いついただけ。 人生会議は、重い決断の日ではなくて、ふだんの繰り返しの積み重ねなのだと思います。
そして、気づいたこと。「聞く」が、まだだった
最後に、今夜いちばん大きかった気づきを書きます。
私は、伝えることは何年もしてきました。 でも、家族がそれをどんな気持ちで聞いてきたのか、たずねたことがありませんでした。
「前から言うてるもんね」の向こう側を、私は知りません。 伝えるだけなら、一方通行。会議は、ひとりでは開けないのです。
だから、次の一歩を決めました。 書いた紙の写真を家族に送るとき、ひとこと足します。
「書いたよ。みんなは、どう思ってる?」
返事は、すぐじゃなくていい。 聞いた、という事実から、会議が始まります。
あなたの家にも、一枚
もし、あなたも「言ってあるから大丈夫」と思っていたら。 言葉は、あなたが話せるあいだしか働けません。紙を一枚、足してあげてください。
そして、書いたら、聞いてみてください。 「わたしはこう決めてるけど、あなたはどう思ってる?」と。
この記事も、未来の私と、同じ場所に立つあなたへの手順書です。
ぼちぼち、いきましょう。
───────────────
ゆるら(透析看護師歴20年)
▼ あわせて読みたい