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透析看護師20年。体を壊して気づいたこと。

お互いに、ありがとう。危篤の連絡が来たときの手順(生きていく手順書 Vol.14)

お互いに、ありがとう。危篤の連絡が来たときの手順(生きていく手順書 Vol.14)

2026年7月3日

お互いに、ありがとう。危篤の連絡が来たときの手順(生きていく手順書 Vol.14)

この記事は、シリーズのいちばん深い場所です。

先に、正直にお伝えします。 私は透析室の看護師でした。だから私が書けるのは、危篤の始まりの時間までです。 看取りの瞬間の病室のことは、経験していないので書きません。

そのかわり、送り出す側にいた20年で見てきたことを、ぜんぶ書きます。

危篤のとき、医療の側で起きていたこと

クリニックで患者さんの容体が急変したとき。

対応するのは、院長先生と、師長レベルの看護師でした。 多くを語らず、ただただ静かに、速やかに。

大きな病院へすぐに受け入れてもらえるよう段取りをして、救急車には看護師が付き添います。 そしてご家族には、電話でこう伝えていました。

「受け入れ先の病院へ、直接向かってください」

クリニックに寄っていただくのではなく、患者さんに会える場所へ、まっすぐ。 医療の側は、そのための段取りに全力を尽くしています。

家族がすること。3つだけ

危篤の電話を受けたら、することは3つです。

■ **病院名を、復唱する。**動転しているときほど、聞き間違えます。「〇〇病院ですね」と繰り返して、住所と電話番号もメモしてください ■ **家に寄らず、直行する。**着替えも、荷物も、あとでいい。病院側は「会えるように」動いています ■ **動転していたら、運転しない。**タクシーや家族の運転で。あなたが無事に着くことが、いちばん大事です

「間に合わなかった」と、自分を責めている人へ

どんなに急いでも、間に合わないことがあります。

その方に、送り出す側にいた者として、知っていてほしいことがあります。

クリニックで心停止が起きても、私たちは、**救急隊に引き継ぐまで、心臓マッサージとAEDを続けます。**酸素も、言うまでもなく最大量で。

医療は、最後まで手を止めていません。 あなたが向かっているあいだも、誰かが、その人のそばで手を動かし続けていた。 間に合わなかったのは、あなたのせいではありません。

その先のことは、もう書いてあります

看取りのあと ── 死亡診断書のこと、葬儀社への連絡、死亡届。

そこから先の手順は、私が「やさしい終活」というシリーズに書いてきました。 死亡直後、家族がする手続き。死亡届と親戚連絡の流れ(やさしい終活 Vol.24)から、順番にたどれます。

「生きていく手順書」は、今日ここで、「やさしい終活」に橋がつながりました。 生きている時間の手順書と、そのあとの手順書。ふたつでひとつです。

お互いに、「ありがとう」

最後に、20年送り出す側にいて、いつか見送られる側になる私の、いちばん伝えたいことを。

危篤と看取りの場面で、ほんとうに大切なのは、手順ではありません。

お互いに、「ありがとう」。

それが言える関係を、元気なうちに、ふだんの会話で作っておくこと。 私が家族に延命治療の希望を繰り返し話してきたのも、突きつめれば、最後に「ありがとう」だけ言い合えるようにするための、準備だったのだと思います。

手順は、この記事に書きました。 言葉は、今日から準備できます。

この記事も、未来の私と、同じ場所に立つあなたへの手順書です。

ぼちぼち、いきましょう。

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ゆるら(透析看護師歴20年)

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