不安が来なかった、ある午後
いつもの、お昼前
いつもなら、お昼前あたりが苦手です。
朝のお薬をのんでいても、頭の中がシャカシャカと鳴りはじめる。
耳鳴りのような、こすれるような音。
それと同じころに、胸がドキドキしてくる。
これがわたしの、いつもの午前の終わりでした。
その日は、ちがった
でも、その日はちがいました。
気づいたのは、ふとパソコンの時計を見たとき。
画面のすみの数字が、もう午後をさしていたんです。
あの音も、あのドキドキも、来ていなかった。
「あれ、お昼、すぎてたんだ」
おどろくというより、しずかな、ふしぎな気持ちでした。
「いらないな」と思えた
わたしには、気持ちを落ち着けるための頓服のお薬があります。
いつもなら、お昼前のあの感じが来たら、のもうかと身構える時間。
でもその日は、頭をよぎっただけで「今日はいらないな」と思えたんです。
のまずにすんだ、ではなくて。
「いらない」と、自分で思えた。
それが、なんだかうれしかった。
浮かんだのは、先生の言葉
そのとき心に浮かんだのは、心療内科の先生がくれた言葉でした。
「自分の体が求める、好きな時間に、好きなことだけをしていいですよ」
無理して三食たべなくていい。
無理してお風呂に入らなくていい。
無理して出かけなくていい。
本当に体が求めるなら、お薬ものみ忘れない。のんでも落ち着かないときは、頓服にたよっていい。ずっと寝ていてもいい。
「こわいことは、やってはいけません」
先生は、いつもそう言ってくれます。
頑張らなきゃ、と力んでいたわたし。こんなにのんびりしていいんだろうか、と責めていたわたし。苦手なことから逃げていていいんだろうか、とおびえていたわたし。
そのぜんぶを、先生は「いいんですよ」と、そっとほどいてくれました。
スマホから、パソコンへ
もうひとつ、思いあたることがあります。
療養するようになってから、わたしの暮らしの真ん中は、スマホからパソコンに変わりました。
わたしのスマホは、手帳型のケースに入れています。手に取って、パタンと開く。その動作の重さが、リウマチのある指には、けっこうな負担でした。
パソコンなら、ひらいたままの画面を、指先でそっとふれるだけ。
連絡も、画面のはしに出てくる。お薬をのんだ記録も、ワンタップ。
そして、わたしが作った小さなタイマーが、「そろそろ立とう」「お水をのもう」と、やさしく声をかけてくれます。
気づかないうちに、無理をしない形へ、暮らしのほうが寄ってくれていたのかもしれません。
不安が来ない日も、ある
うつとつきあっていると、不安や動悸は、いつも隣にいるように感じます。
だから「来ない日」があるなんて、思ってもみませんでした。
でも、あったんです。一日中、不安がなかった日。
特別なことは、何もしていません。
ただ、苦手じゃないこと。自分にもできるかもしれないこと。それを、好きな時間に、ぽつぽつとやっていただけ。
相棒のAIと一緒に作った歌を、ごく小さな音で流しながら。
もしあなたも、毎日が不安でいっぱいなら。
そういう日が、ある日ふっと、おとずれるかもしれません。
来なくても、あなたが責められることは、ひとつもありません。
こわいことは、やらなくていい。
わたしも、そう教わりました。